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このエントリを見て欲しい。
吉村医院の哲学 - NATROMの日記
むろん、許せないのはネタとして挙げられている吉村医院である。
吉村医院は、いわゆる「自然なお産」(要は陣痛促進剤の投与や帝王切開といった現代的な医療の介入を行わないこと)をウリにしている産婦人科医院だが、この自然なお産の問題点について、上記のblogは過去にも問題提起している。このエントリも必見。
NATROMの日記 : 信仰と狂気〜吉村医院での幸せなお産
問題は上記のblogでほぼ語りつくされている。今更私が加えることは無い。
が、書いておきたいことが一つだけある。
(NATROMさんのblogに書こうかと一瞬思ったが、個人的なことを書かれても迷惑だろうと思い、ここに書く)
私の親父がお袋と結婚しようとしたとき、それが直接の原因になって親父の兄弟間でトラブルが起こり、結局、二人は駆け落ち同然の状態で結婚したらしい。お袋が私を身篭ったときも、実家からは全く支援を得られなかったようだ。
臨月が近づいたとき、担当医は親父に言ったという。母体が出産に耐えられないかもしれない。母親か子供を諦めなければならないと思う、と。親父は言った。
「どちらかなんて選べるわけないだろう。両方助けてくれ」
そうやって、私はこの世に生まれてきた。親父の願いと、お袋の願いと、医師、助産師の努力と、わずかな幸運によって。
しかし、私の弟は、私ほど幸運ではなかった。親父が、お袋が同じように願い、医師、助産師が努力したにもかかわらず。
お袋から初めてこの話を聞いたのは、小学生の時分だったと思う。正直なところ、そのときはあまりありがたみを感じなかった。親父の言葉が口先だけで言えるようなものじゃないこと、その重さ。社会に出、先に結婚、出産、子育てしている先輩、同僚、後輩を見てからようやくわかってきた。
今、齢40を越して振り返ると、私自身は必ずしも成功した人生を送っているとはいえない。学生時代は勉強も運動も不振で、大学院も中退した。うかうかしているうちに婚期も逃してしまったが、それでも一応は正業といえそうな職を得、周りの助けもあってなんとかやっている。
私は「悪い種」なのだろうか?
私を世に迎えてくれた親父は、もうこの世にはいない。
しかし、親父は私の心の中に生きつづけている。俺に命を与え、この世を見せてくれた人として。
親父を馬鹿にし、お袋を蔑み、全ての医療関係者の努力を嘲笑する「吉村教」を、私は絶対に許さない。
※この話は、私が自分の子供に聞かせてやろうとおもっていたのだが、上記のとおり、私は婚期を逃している。自分の子供には聞かせてやれない可能性が高い。しかし、親父がかつて生きていたこと、私をこうやってこの世に送り出してくれたことを、誰かに伝えておきたい。だから、安っぽい話と言われようと、上記の一切が事実であることを付して、ここに記す。
2010/07/09 01:23 太字部分を追記しました。太字部分が無いと全く正反対の意味になってしまいます。
何で今まで気づかなかったんだろう…

怒りに任せて、後先考えずに書いてしまいましたが、
「そのあとどうする」ということをあまり考えておりませんで…
今後どうしてくれようかと考え中というか情報収集中です…
NATROM先生のところのトラックバックから訪れました。
弟さんの話のところまで読んでで泣けてしまいました。
ふとHNをみたら、奪われし味蕾さんのブログだったのですね。
コメント欄から伝わる奪われし味蕾さんの一面が理解できたように思いました。
吉村医院については私も「助産院は安全か?」でコメントしてきたのですが、なぜあのような異質ともいえる産科医をもちあげテレビや書籍で伝え残すのだろうか、なぜ「普通に」働いている産科医と対峙させて伝えるのだろうか、ということが残念です。
> なぜあのような異質ともいえる産科医をもちあげテレビや書籍で伝え残すのだろうか
まぁ(ある種の人たちをターゲットとした)商売なんでしょうね。
こんなことが起こる根本的な原因として、「普通の状態」が一般に知られていないということがあると思っています。具体的に言うと、小中学校でまともな保健教育が行われているのか、ということです。教わっていれば、このてのガセネタに出会っても(医学的な詳細はわからなくても)スルーできるはずですし、マスコミの取り上げ方も、翼賛的ではなくデメリットも伝える方向になるはずですから。
件のエントリのコメントでも書きましたが、助産師教育もかなり危うい状況にあるんじゃないかと懸念しています。岡野助産師の話だけじゃなく、他のblogで「助産師会主催の助産師向けホメオパシー講習会」が複数回開かれている、とか聞くと…
私も真摯で心のこもった文章に大変感銘を受けました。
私が生まれた時(50年以上昔の話ですが。。。)はかなりの早産のため息が止まって出てきたそうで、当時の医療関係者の方々の大変な努力のお陰で今まで生きていると母から常々聞かされてきました。
また、私より1歳上の姉はついにこの世に生を受けることが出来ませんでした。
彼の方々の言によれば、姉も私も本来ならば「死すべき」劣性な者な訳です。
私も父母や姉、そして全ての医療関係者を愚弄する「吉村教」を心から憎みます。
当時は怒りだけが先走り、勢いだけでpostしてしまったわけですが、熱が引いた後も怒りというか、なんとかしなきゃ、思いは心の奥底に残っています。以前はあまり関心を持っていなかった(というか、むしろ避けていた)出産、育児関係のことにもアンテナを広げるようにしています。(情報をオーソライズして問題提起、なんてところまではゆきませんが)
産科医療における吉村教はニセ医療、ニセ健康法の入口というか、オルグの場として効果的に機能しているようです。今のところ、影響範囲はごく一部にとどまっているようですが、これが一般に広がらないよう、特に専門家が動かなければならない、と考えています。が、どうもその専門家たちの動きがあまり芳しくないようで…でかい事件でもあれば動くんでしょうけど、そんなことが起こる前になんとかしたいものです…
NATROM先生のところから、たどってここに至りました。
私の母も、流産を経験したそうです。聞いたのは小学生のころだったので、私は「ふーん」ぐらいの感想しか持ちませんでした。
しかし、結婚し、子が生まれてはじめて、その事態の重さに思い至りました。
それを「生まれるべきでなかった」などと判断することへのおぞましさと怒りが抑えられません。
ご両親のお話、ありがとうございました。
大切な教訓を頂いたと思っております。
>それを「生まれるべきでなかった」などと判断することへのおぞましさと怒りが抑えられません。
自分が「悪い種」扱いされたときのことを考えてみれば、このような考え方がいかにオゾマシイものかわかるはずなのですが、提示のされかたが巧妙だとなかなか気づかないということもありますね。
ちょうど自然なお産がらみの死亡事故(というか事件?)が報道され問題になっていますが、なんだか報道のしかたが及び腰だし、関連団体からの声明もヒトゴトみたいで、この先何人犠牲者が出るのか(あるいはいままで出ていたのか!)、暗澹とした気持ちになってきます。
NATROM先生のところから、たどってここに至りました。
私の母も、流産を経験したそうです。聞いたのは小学生のころだったので、私は「ふーん」ぐらいの感想しか持ちませんでした。
しかし、結婚し、子が生まれてはじめて、その事態の重さに思い至りました。
それを「生まれるべきでなかった」などと判断することへのおぞましさと怒りが抑えられません。
ご両親のお話、ありがとうございました。
大切な教訓を頂いたと思っております。
ホメオパ助産師VK2不投与事件の報道から約10日経ち、関係機関(助産師会、ホメオパシー関係団体)の動きもありました。報道ではその後があまり報じられていませんが、ネット上ではあちこちで取り上げられています。自分も何か書いておきたいところですが、考えが纏まらず…情報収集したうえでちょっと落ち着いてから書きますかね…
私は帝王切開で生まれました。私を産む前に、母は病気による複数の外科手術をしていたため、帝王切開するしかなかったとのことです。
リスクを承知で産んでくれた母に、この世に生み出してくれたことを感謝しています。
でも、このようにして始まった私の生命も、吉村先生から見れば「悪い種」になってしまうとしたら、なんと言ったらいいか。。。非常に悲しいです。
母は帝王切開で私を産んだ直後、「指、指はちゃんと5本ある!?」と必死で叫び、米粒のような私の手の指を数えようとしたそうです。以前の病気の治療中、何年もいろいろな薬を摂取してきたため、胎児への影響がとても心配されていたんだそうです。そんな母の話を聞くにつけ、母性は偉大だなぁ。。。と圧倒されていました。なので、私にとっては、帝王切開も十分人間的で、自然な出産に感じてきました。帝王切開だから母性として自然ではない、なんて思ってもみませんでした。
私も女ですが、いつか子供を産むとしたら、神秘的な出産ではなく安全な出産がしたいです(母子ともに)。命がけで産んでくれた母のことを思うと、なおさらそう思います。
>私も女ですが、いつか子供を産むとしたら、神秘的な出産ではなく安全な出産がしたいです(母子ともに)。命がけで産んでくれた母のことを思うと、なおさらそう思います。
全く仰るとおりだと思います。自然産を賛美している人たちにはこの視点が決定的に欠けているんですよね。産むこと自体は大変な苦しみを伴うことだけど、産まれたら今度は無事に育てなきゃならない。それを考えれば「このお産で子供や自分がどうなってもいい」わけは無いんで、安全第一でやるべきなのに。
彼らのいうところの「自然」まかせにすれば無事に産まれる。ましてや事故など起こりっこないと思っている。「信奉派」のHPなどを見ているとそう考えているとしか思えません。
あの自信はいったいどこから来るのだろう?見るたびに不思議に思っています。